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最初の出会いは、『声』だった。(1)
この世界のどこにも居場所がないような、苛立ちを抱えた、メランコリックで湿気を帯びた声は、男性という性が、これほどまでに弱いものなのかと驚いてしまうほど、ナイーヴな「寄る辺なさ」をたたえていた。その後、声の主の姿を映像で見た。うすくなりかけた金髪(前髪が結構やばい)、フラストレーションを抱えた暗い瞳、34歳という実年齢よりもっと老けて見える顔・・・はっきり言って、全然好みじゃない。なのに、あの声を思い出すたび、何故か気になって仕方なくなるのだ。どうしてこの人は、こんなに切ない表情で、悲しみにまみれた歌ばかり歌っているんだ?
わたしの好奇心は、みるみるうちに募っていった。
歌声の主であるクリスチャン・ヴァレンがノルウェー人であり、本国ノルウェーではスーパースター級の人気を誇るTV役者であるということを知ったのは、後になってからだった。
アルバムの悲劇的な音調とは裏腹に、彼のTVスターとしての持ち味は、独特のコメディ・センスにあるらしい。彼のTVショーを収めたDVDはノルウェーで過去最大のヒットを記録したというから、パフォーマーとしての才能はかなりのものなのだろう。最近ではハリウッド映画にも進出し、2006年制作のショーン・ヤング主演の『Living the Dream』にも出演。30代半ばにして、ローカル人気にとどまらぬこの活躍は、なかなかの花道人生である。
が! アルバムの主人公の綴る歌を聞いていると、そんなきらびやかなスポットライトとは全く無縁のように思えてしまう。太宰治の小説ではないが、彼はいつも悔恨と罪悪感を抱え、「生まれてきてすみません」とでも言いたげなコンプレックスにまみれている。歌のテーマの多くは、個人的な愛の挫折についてだ。彼は深く愛し、守り、捧げようとする。その狂おしさは、ときにストーカー的でさえあるが、芯にあるのは真珠のように真っ白なピュアネスであるということも、充分に伝わってくる。
だけど、彼の愛はつねにハッピーエンドには治まらない。裏切り、誤解、離別、死別・・・あまりにトラジィディックな言葉ばかりが重ねられるので、その「愛の障害」は、彼の意思を越えた運命的なものであるような気さえしてくる。俳優としてサクセスフルな人生を送っているはずの彼の実人生は、こんなにも痛く、悲しみに満ちたものだったのだ。
クリスチャン・ヴァレンは、自分の赤裸々な私生活について歌う。が、彼のパーソナルな表現を吟味していくと、むしろ、この人が表現者として、とてつもなく客観的な人間であることが次第にはっきりしてくるのだ。彼の身におこったこと・・・恋人の突然の死や運命的な別離、は、確かに悲劇的だ。普通の人間なら、立ち直るのに多くの年数を要するか、最悪の場合は精神を壊してしまうかも知れない。
しかし、クリスチャン・ヴァレンという男は、とことん悲しみ、身を切られるような煉獄の痛みを味わった後に、エンターテイナーとしての自分の役割を思い出す。彼は、自分の人生に降ってきたことを、表現として再構成し、多くの人々に届ける必要を感じてしまうのだ。血みどろの恋人を車から救い出す演技がすさまじい「Still Here」をハリウッドのクルーとともに撮影してしまう大胆さも、彼の心の中に生まれた「使命感」が求めたものだったのだ。
CD解説 『Listen When Alone / ある男の物語』 / 小田島 久恵
日時: 2007年03月23日 17:01
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